命名秘話 | ◆実家で暮らす子育てせいかつ◆

命名秘話

妊娠中、五ヶ月くらいのときに、お嬢さんの性別は判明しました。

しかしわかったときもすでに夫と私は離ればなれに暮らす身。
しかも夫は転職したばかりの研修中慣れない生活に必死でした。
その生活はお嬢さんが産まれた今も続いています。

・・・子供の命名について一応私と夫はときどき話し合ってきました。
でも、かなりせっぱ詰まってきてもなかなか決まらず。
二人で名付け本を読んだりもするのですが、決め手になるものがなかったのです。

それはたぶん私がものすごーく「字画」にこだわっていたからだと思います。せっかく夫が出してきてくれた名前も名付けサイトで姓名判断をするとことごとく玉砕。
いいと思われる字画の組み合わせを出してもそれで気に入る名前もなくて。

結局産まれるまできちんと名前は決まってないままでした。

しかし産まれてしまったからには猶予は2週間。
幸い、退院二日前に大阪から帰る途中の夫が有給をとって病院へ寄ってくれました。
ちょうど、夫の母と妹がこの日病院へお嬢さんを見にはるばる遠くから来てくれていたのですが、義母と義妹がうちの母と昼食に出ている間、二人で頭をつきあわせ2時間で決定。
病室におかれているテレビ兼のパソコンで名付けサイトと首っ引きで良い字画の名前をつけることができました。
もちろん複数のサイトは見ていません。だってどれもこれも結果が違うんですもの。

そして帰ってきた母と義母に名前を見てもらい、出生届の話をしていたら。
ちょうどその日は「大安」だったのです。
大急ぎで出生届を記入しその日のうちに病院の近くにある区役所へ提出することにしました。
地の利のない夫を区役所までナビするために私も急遽同行することに。
・・・しかし私服がありません。
退院する時の洋服は母に次の日持ってきてもらう予定だったのです。
Tシャツはかろうじてあったしカーディガンもあったのですが、なんせボトムがない。
義妹が「これでよかったら」と自分の着ていた上着を出してくれましたが、さすがにスカートを貸してもらうわけにはいきません。
しょうがないので上だけはおり、下はパジャマのズボンのまま車に乗り区役所についても降りないことにしました。
とりあえず、そんな珍道中でしたがなんとか無事子供の戸籍を獲得することができました。

急いでつけた私達の子供の名前。
私も夫も「読み間違いのされない、DQNでない名前」というコンセプトで臨んだはずだったのですが。
・・・ちょっと読みにくいみたい。
当て字とかはしてなくてきちんとした読みのできる名前なのですが、その漢字にそういう読みがあることを知らない人には読めない名前になってしまいました。
意外とアナウンサーとかにもいる漢字なんだけど・・・。
しかも書きにくい漢字です。
お嬢さんにはかわいそうだけど、書道の時間には苦労するかも。がんばれ!娘!